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第261回 ハラール

5月19日の熊本日日新聞の1面に『天草大王~イスラム圏輸出へ』の記事が報じられた。熊本県特産の地鶏「天草大王」を中東を始めとするイスラム圏へ輸出するとの見出し。「天草大王」とは熊本の主に天草地方で飼育される国内最大級の鶏。明治から大正にかけて盛んに飼育され、特に博多の水炊きに大変珍重されたそうだが、昭和初期の不景気と大型種のため産卵率が低かったので絶滅したと言われていた。近年になり県の農業センターが約10年の歳月をかけて2001(平成13)年に原種天草大王の復元に成功。出始めの頃は品薄で購入が容易ではなかったが、最近は手軽に買い求められ弾力のある歯ごたえとコクのある味と食感で人気の地鶏。

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(熊本県農業研究センター提供)

一方、なぜイスラム圏への輸出が話題になるかと言えば、イスラム教徒(ムスリム)は教義に基づいて豚肉は口にしない。また他の食べ物も調理の過程で戒律が求められる。"ハラール"と言うのは豚肉だけではなく、その調理方法も教義に則り認められたもの。つまり許された、また合法である意味である。だから熊本でも広くイスラム圏との商談、あるいは観光客の呼び込みに、食品関係や接客のホテル等が"ハラール認証"を取得する方向にある。私が最初にこのケースに遭遇したのは1997年に熊本で開催された男子ハンドボールの世界選手権大会で、熊本のホテルでイスラムのチームをお世話した時に、食事時のバイキング料理の前で、選手たちが肉をかざして何やら語りながら、あるいは鼻に近づける。不思議に思って尋ねると「豚肉」ではないかの品定めだった。そこで大会事務局で検討。翌日から肉のコーナーの豚肉は一か所に集めて、それ以外の肉の所には『HALAL』の看板を掲示した。すると選手たちは前日までとは違ってスムーズに肉類を皿に運んだ。

世界の人口の2割を超えるムスリム。初めに広がった中東、北アフリカは全体の2割の3億人強。最も多い地域はアジア・太平洋地域で全体の6割強で10億人弱。この数字は世界の人口の2割強。マーケットとしての潜在力、可能性の高さが今注目を浴びている。"ハラール"の食品関連は"ハラル食品"と言われる。アジア・太平洋地域はわが国もその範疇なので、ここでは遠いイスラム教の発祥地の中東をイメージして考えてみたい。

私は熊本の大会以前にアラビア半島の湾岸諸国に、AHF(アジアハンドボ-ル連盟)の競技運営委員として何度もクゥエート、サウジアラビア、カタール、バーレーン、UAE(アラブ首長国連邦)等の国々に度々出かけて食事には肉や魚料理等を口にした。しかし"ハラール"の言葉も意識もなく食していたが、考えてみればこの地では最初から豚肉は食卓に存在しない訳で、すべてがイスラム教の教義に基づいたものだった。因みに豚でなければ熊本の馬は輸出出来ないかと思えるがこれは即ノーであろう。何故なら世界で最も優れた競走馬をサラブレットと言うが、その原種はアラビア半島に生息していたアラブ馬。後にイギリスに運ばれ、その地の在来の馬との交配で生まれ出たのがサラブレット。脚力、スタミナに優れた競走馬となったもので、アラブの人達のアラブ馬への誇りは我々が想像できないほど高いものがある。

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(カタールでの会議に出席した筆者)

もう一つムスリムのお祈り(サラート)にも触れておこう。一日に5回サウジアラビアのメッカの方向にアッラーを称え祈る。基本的にはモスクに行くのが正しいが、旅に出ている時や仕事の関係でモスクがなければ、とにかくメッカの方向に座して行う。だから旅先では磁石を持って方向を決めるがそれも難しいケースもあり、1997年の熊本ではホテルの各自の部屋のデスクの隅に、予め磁石で方向を定めた矢印を貼っておいた。それに従いムスリムはお祈りを行う訳で、前述の食事の場面での『HALAL』と同様に、ムスリムへのホスピタリィティ・おもてなしと考えると安心感を与えることが出来る。

さらに、中東では9月に昼間は飲食を絶つラマダーン(断食)があり、大相撲ではアフリカ初の関取でエジプト出身の「大砂嵐」も秋場所のこの期間は教義に従う。体力勝負の大相撲は旺盛な食欲で支えられている。彼にとってはラマダーンは本当に辛いものだろうが、精神力で乗り切って大成してもらいたいものだ。ただ、このラマダーンは地域によって実施月が異なり、インドネシア辺りは7月10日から始まる。その内容は中東とは違って個人の判断に任せられているようで、かなり緩くなっているようだ。

いずれにしても、絶滅したとされた郷土の地鶏が、関係者の永年の努力で復活して多くの人に食され、さらに海外のそれも馴染みのうすい、イスラムの世界に供されるこの話題、何やら楽しく心はずむものがある。

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