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第273回 Come September~2014

この季節、例年のことだが「Come September」のタイトルで、秋の始りを綴っている。若いころ観たハリウッドの青春映画で邦題は「九月になれば」。ご存知のように欧米は9月が新学期、最近では日本の大学もそうした国際的基準に沿う動きもあるが、まだ定着には時間を要しそうだ。ただ言葉の響きが爽やかな秋の到来を告げるようで、好きな表現だ。

これまた例年思うことだが、昔の人の「暑さ寒さも彼岸まで」の言い伝えの、確かなことにも驚かされる。今日は気象予報が細やかで、地球レベルでの、高低気圧による風の動きや台風の発生などの情報を得るが、そうでない昔の人は凄い観察力で季節の移ろいを感じ、作物の収穫時期を知ったり、立春から起算して"二百十日"辺りの大風(台風の襲来)に備えたようだ。このところの異常気象はゲリラ豪雨や夏の高温、北海道が九州・沖縄に近い気温のニュースも少なくない。それでも彼岸を迎える頃には次の季節の訪れを知る。仲秋の名月は年によってまちまちだが今年は9月8日、雲も少なく見事な名月、福岡の知人O氏から『名月美しいですよ』とメールが入る。ただ、満月とは限らず、今年は翌日の9日が満月で今風には「スーパームーン」。そしてこの季節に例年のことだが大分のこれまたO氏から好物の「カボス」が届く。酒の機会が多く、また嫌いでもない私の定番は、"とりあえずビール"から焼酎のコースが多いが、この季節は妙に鍋に日本酒といきたくなり、カボスの皮をすり下ろして絶妙の香りを楽しむ季節でもある。

19日、イギリスからの独立を問うスコットランドの住民投票が行われた。結果は独立反対の票が上回ったが、イギリスは潜在的に独立分離志向があるスコットランドの不満を解消しきれず、大幅な譲歩案を提示するなどスコットランドは名を捨てて実をとることに成功。ただ、独裁者の国の形ばかりの選挙に国際監視団が介入する場面などを多くみている中で、今回、選挙戦は過熱だったが開票は穏やかで成熟した国のクリーンな開票風景を見てとれた。スコットランドは1297年と1329年に2回、独立戦争をしている。私は10年ほど前に「Brave Heart」のタイトルの映画を観た。それはどちらかの独立戦争を描いたもので、屈強な体に鎧を纏ったリーダーに率いられた兵士が、草木の殆どない荒野を駆け巡る重厚なストーリーだったのを記憶している。

スポーツの秋。20~21日の二日間、第69回県民体育祭が山鹿市で行われ、熊本市選手団の団長で参加した。山鹿は26年近く過ごし、3人の子どもたちも育った、いわば第2の故郷。友人、知己も多く懐かしかった。彼岸花が咲き揃った幾つもの競技会場に足を運び声援を送った。夕方平成24年に新装成って開湯した、山鹿温泉の元湯「さくら湯」に入った。寛永17(1640)年に肥後藩・細川忠利公がこの湯質を気に入ったのが山鹿温泉の始まりらしいが。明治31年に道後温泉の棟梁を招いて大改修。昭和50年には市内中心部の再開発に伴い、ビル内の温泉として現代風の形となったが、伝統につながる先人たちの想いに応える形で往時の「さくら湯」再現の声があがり、2年前に江戸期の建築様式を色濃く残した大浴場が再生された。天井が高くゆったりとしていて、大理石と木材が醸しだす空間。そして独特のぬるりとした泉質は疲れを癒すには最高の場所、湯船につかる。近くにある芝居小屋で有名な八千代座の天井に往時の商店街の看板があるが、それに似たノスタルジックな看板が浴槽近くに立ち並ぶ中に、老舗旅館「清流荘」の"お帰りなさい、お待ちしていました~女将"の看板が目に入る。かって仕事柄何度も利用したことを思い浮かべ心地よいひと時を過ごした。

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(さくら湯)

サッカー競技の会場は山鹿市の二つのコート、前夜来の雨が気にされたが、大会当日は曇天ではあったがプレイは支障なく行われた。その一つの後藤グラウンドは杉の木立に囲まれた天然芝のコート。選手たちは刈り込まれ整備されたコートで楽しそうに競技していた。私は決勝戦と表彰式に伺い、ご観戦中のこのグラウンドのオーナー後藤賢治先生ご夫妻にお目にかかりご挨拶をした。23年前にこの地を拓きサッカーグラウンド建設に情熱を傾けられたご夫妻。今でこそ日本の各地に天然芝のコートが沢山出来ているが、Jリーグのスタートがサッカー界にもたらしたビッグウエーブ以前であり、後藤氏の想いはまさに画期的、今日のサッカーの隆盛を考える時、その慧眼と情熱は譬えようもない大きな光を放っている。またそれを支えたご夫人のご苦労にも感謝申し上げたい。

翔け!世界へ!
 サッカーをする者は、芝生の上でプレイすることが夢であり願いである。
 後藤賢治氏は整形外科医院長の傍らサッカー場建設に情熱を注がれ、平成3年5月19日その夢を実現された。
 当日の完成記念式典には、全国高校の覇者・国見高校が参加してその偉業を称え、三浦知良を初めとする日本代表チームも合宿に訪れた。世界のジーコもこのグラウンドに立った。
 21世紀に向って、この後藤グラウンドから世界を目指して、多くの選手が翔く事を期待するものである。
 ここに後藤賢治氏の功績を称え、記念の碑を建立する。
平成6年11月吉日
 熊本県サッカー協会 会長 宮嶋昭二

コート脇の碑が若い選手たちのプレイを見守っていた。

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(後藤グラウンドでの表彰式)

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