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第277回 山頭火・考

このほど、2014~熊本県近代文化功労者が発表され、元県知事の澤田一精氏、ロサンゼルス柔道の無差別級金メダリストの山下泰裕氏、さらに俳人の種田山頭火が選ばれた。澤田、山下氏の受賞は熊本出身でもあり、実績も申し分なく受けとめたが、山頭火は確かに熊本のあちこちに足跡があり、句の幾つかは記憶にあるが、出身は山口県で選者もよく選んだと思った。ただ、それは否定的な感想ではなく、逆に良くぞ近代文化功労者として認定して貰った、その、しなやかな・順応性(若い人には~フレキシブルの表現が伝わると思う)のある、評価を称えたい。

かく申す私は、山頭火に関して精通しているわけではなく、正直なところ知らないことが多い。ただ昨今、私は彼の詠う俳句にとても興味を覚えている。良い機会だから改めて学んでみたいと思い、タイトルを山頭火考とした。長崎国体で訪れた島原の大会プログラム等が入った記念品袋も、また名物の具雑煮を食べた食堂にも、山頭火の句やイラストが目に付いた。
俳句は普通、五・七・五の十七音から成る、日本語の定型詩で原則として季語を入れる。
「古池や蛙飛び込む水の音」 「朝顔に釣る瓶とられてもらい水」 等々
その定型詩とは異なり、自由律と言う型にも季語にも捉われない俳句があり、東京生まれで、東大で学んだ俳人荻原井泉水の作風は季語を排した印象的な自由律。山頭火は門人で、他に尾崎放哉等がいる。また自由律には短律句と長律句とがあり、山頭火は己の想い、感じた自然を型に捉われず想いのままに表し、その句に多くの人が魅せられた。
山頭火の作品で例えるなら、短律句は「音はしぐれか」「分け入れば水音」等々
長律句には「曼珠沙華咲いてここがわたしの寝るところ」「あすはかへろうさくらちるちっている」等々

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(長崎国体の記念品袋)

山頭火は本名を種田正一といい。山口県防府市で明治15年生まれ。近郊屈指の資産家であった種田家だったが、父親が政治に入れ込み、母親の死も重なり家業は傾いていく。27歳で佐藤サキノと結婚。31歳で荻原井泉水に師事、山頭火の俳号で自由律俳句をつくり始める。34歳の頃、種田家が最後に経営していた酒造場も破産して一家離散の浮き目に合い、山頭火は熱心だった俳句の縁で、その仲間を頼って熊本へ落ちのびる。熊本では下通1丁目で「雅楽多」の名で、額縁や洋式便箋や、封筒、トランプや花札等の書房趣味の店で周辺にそんな店が少なく、結構繁盛したらしい、勿論、店を守るのは妻のサキノ。山頭火につぎの言葉がある『僕に不治の宿痾あり(しゅくあ~長い間治らない病気)、その如く僕はよく飛び歩き、少なくとも日本を飛び歩きたし、風の如く、水の流る如く、雲のゆく如く飛び歩きたし。~種々の人に会い、種々の酒を飲みたし』。40歳頃からの諸国行脚、と言うよりは行乞流転の放浪の旅である。行乞とは物乞いではなく、精神的に「廃人」にならないで「俳句を詠む」という彼の目的意識のために、孤高の精神を維持し続けた生きるための行為と見るべきだろう。

43歳になり、熊本市内から現在の3号線を北上、植木ICの左手前の小高い山の味取観音堂の堂守となる。彼としては珍しく落ち着いた日々を送るが、それも一年余、山林独住の寂しさに耐えかねて、一鉢一笠の姿で旅に出る。この坊さん姿の行乞流転の様子が、よく見かける山頭火の姿である。翌年、44歳のこの時の馬見原、高千穂から宮崎、大分の途中で「分け入っても分け入っても青い山」の彼の代表的句が詠まれた。このころの句に「この旅、果てもない旅のつくつくぼうし」「うしろすがたのしぐれてゆくか」と淋しい行乞僧を表現、寂寥感や自嘲(じちょう~自分で自分をあざける)が伝わる。

酒におぼれ、借金を繰り返す旅の中で「酒がうますぎる山の宿にいる」「どうしようもないわたしが歩いてる」。九州は鹿児島を除いてほぼ一円、県内では県北では山鹿、植木、内牧、大観峰、杖立、県南では日奈久(毎年9月に山頭火のイベント開催)や人吉、芦北、水俣等にも足跡がある。今回、文献を読む中での余談だが、息子の種田健は熊本の手取尋常小学校を卒業後、上級学校への進学を諦め、小学校の給仕として働くことになっていたが、父親の山頭火はそれを知り中学へ進ませるべきだと、母のサキノを説得、旧制中学として良く知られた済々黌中学に入学させたとある。私は手許にある3年前の学校創立130周年記念の1200頁に及ぶ同窓会名簿を調べた。第38回昭和3年卒業者の名簿の中に確かに「種田健」の名前を見出した。彼はその後、満州に渡り満鉄(南満州鉄道)に勤務。

山頭火は昭和15年、四国・松山で死去58歳。昭和20年の終戦後、母サキノの住む熊本に引き揚げた健氏は祖父母と父の遺骨を横手町の安国禅寺に埋葬。今日、山頭火は父・母そして妻サキノ・長男健と共に静かに眠っている。植木味取観音では今年は11月29日に紅葉祭りで山頭火を偲ぶ会が行われる。
参考文献~村上護・種田山頭火 中野東禅・禅者山頭火

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(安国禅寺の山頭火の石碑)

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