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第295回 FIFA理事就任の田嶋幸三氏を祝う

4月30日、バーレーンのマナマで行われたAFC(アジアサッカー連盟)の総会で、JFA(日本サッカー協会)の田嶋幸三副会長が、FIFA(国際サッカー連盟)の理事にトップ当選の嬉しいニュースが報じられた。5月1日のスポーツニッポン紙では~JFAとしてのFIFA理事の就任は、小倉純二名誉会長についで通算4人目。田嶋氏は2011年に立候補したが落選。その後AFCの理事となり、とかく不透明な運営が多かった組織で浄化を図る評価委員長に着任、クリーン化に貢献。また、ロビー活動としてはAFCに加盟する46カ国の中でシリア、パレスチナ、イエメン、アフガニスタンを除く42カ国に足を運んだとあり、北朝鮮、イラクなどの政情不安な国には外務省の支援を受けるなど、2度目の挑戦に万全を期してのトップ当選は見事だった。

その辺りの経緯について、JFAの田嶋氏と電通執行役員の岩上和道氏の対談から抜粋すると~田嶋『JFAで専務理事・副会長をやってサッカー界の仕組みがすごく分かりました。中略~その後、小倉純二会長(現・名誉会長)に自分の後継者としてFIFA理事を目指せと言われました。小倉さんは東アジア連盟の会長、AFCの理事、FIFAの理事を兼ねていましたが、僕はAFCのインストラクターなどの経験はあるものの、AFCの理事会組織のことはよく分かりませんでした。FIFA理事選に出ろと言われて2011年に出馬し、アジア46カ国のうちの19票をとりました。3位だったので落選ですが、悔しさよりも訳の分からないうちに終わってしまった選挙だったという印象です。その後、AFCの理事になり、その2カ月後に東アジアサッカー連盟の副会長に就任しました。理事会で拙いながらも英語で意見が言えるようになり、徐々に周りから信頼を得られるようになってきました。そういう意味では僕の良い所、悪い所も、皆んなが分かってくれて逆に支持してくれそうな方たちも分かってきたと言う手応えをつかみました。最初の時に選挙運動などをしないでよく19票もとれたと思いますが、逆に言うと日本をサポートする基礎票だったのかと思いますし、そこにあと10票以上積まなければ当選できないことも分かり、次のFIFA理事選はしっかりやろうと思いました』と語っている。

FIFA理事会とは~FIFAの最高決定機関で、年間2度以上は開催される。会長、副会長8人、理事15人の24人で構成。理事は各大陸連盟ごとに枠が割り当てられている。会議には事務局長、特別枠の女子理事も出席して大会開催地や予算分配などを決定。各大陸の重鎮、キーマンが集まるため、世界のサッカー界の動向を知るための、貴重な情報交換の場になっている。

JFAは2005年に"2005年宣言"を行った。○サッカーファミリーの拡大○代表チームの強化などをおり込んで☆500万人のファミリー達成☆2015年に世界のトップ10になる☆2050年までにFIFAワールドカップ(以下W杯)の日本単独での開催の宣言だった。しかし、2014年のブラジルでのW杯でまさかの1次予選敗退。本年1月のアジア杯での早期敗退、さらに各カテゴリーの代表も轡(くつわ~揃って一緒に)を並べて失速。また代表監督の選任の拙さもそれらの低迷に輪をかけた。そんな中にあって唯ひとつ2011年ドイツでの女子W杯の「なでしこジャパン」の優勝は、期待以上の成果に日本中が湧きたった。ふりかえると"2005年宣言"は実現に及ばなかった。しかし、この度の田嶋氏のFIFA理事就任と、確かな手腕が期待されるハリルホジッチ監督の就任は、日本サッカー界にとってももう一度世界の頂点への道を歩き始めるきっかけとしては十分価値あるもので、この際、JFAは改めて"2015年宣言"をぶちあげても良いのではないかと思う。まずは、本年6月に始まるカナダでの女子W杯、そして同じく6月に始まる2018年のロシアでの男子W杯の出場権をつかむためのアジア予選突破。その先には2020年の東京五輪・パラリンピックを各競技団体と力を合わせて成功させる事であろうし、もう少し先には2023年の女子W杯の開催、そして2050年(実際はもっと短じかな近未来)までの男子W杯開催を、と『強く思うことで夢を実現してもらいたい』。

今回の結果で対照的だったのは、大韓サッカー協会の鄭夢準・名誉会長(現職は国会議)の従弟の大韓協会の会長の鄭夢奎氏が理事選に立候補したが、田嶋氏の3分の1の得票で落選したこと。鄭夢準氏は1993年から2009年の16年間は同協会会長。現代財閥の鄭周永氏の六男、豊富な資金力を駆使する形で1994年から2011年までの17年間はFIFA副会長を務め、2002年のFIFA・W杯、日韓大会を成功させたと評されるが、実際は日本の単独開催がほぼ決まっていたのだが、日本より5年も遅く招致委員会を立ち上げ、短い間にその立場を利用して日韓共催に強引に持ち込んだもの。その成功による韓国国民の支持を政治的な資産として、同年の12月の大統領選挙に立候補をしたが、自分への支持が対立候補の盧武鉉に及ばない事を知り、投票日前日に辞退した。その盧武鉉大統領はその後、献金問題を追及され自ら命を断った。なにやらお隣りの国、政界財界も魅魑魍魎(ちみもうりょう~山や川の化物)の世界と書けば叱られるか。

田嶋氏のお人柄と、このところ国際社会に定着しつつある、日本という国のクリーンなイメージを背景に、FIFAの組織の健全化にも期待したい。従来にも増して多忙になるであろう、健康に十分ご留意の上でのご活躍を祈念したい。

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