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第297回 回顧~ウイーン

オーストリアの首都・ウイーンはドイツ語で(Wien・ヴィーン)、英語では(Vienna・ヴィエナ)と言い、欧州では日本人の"ウイーン"と言う発音ではあまり通じない場面が多い。オーストリアを考える時、ハプスブルグ家をまず理解する必要がある。講談社現代新書の江村洋著「ハプスブルグ家」を紹介すると。13世紀から今世紀初頭までの約700年間に亘ってヨーロッパの文化の進展、政局にも絶えず関わり続けてきた。その影響範囲はポルトガルからポーランド、ドイツからイタリア、さらにバルカン南部までとヨーロッパ全域に及んだ。このハプスブルグ家の栄華に触れるためには、シェーンブルン宮殿とベルヴェデーレ宮殿の二つを訪ねることだが、いずれもウイーン市内から遠くない近郊にあるので、半日もあれば概略は理解できる。

欧州は大まかに言って、東欧、西欧、北欧、南欧の4つエリアで構成されているが、それらの行き交う要所としての位置関係と前述の強大な力を持つハプスブルグ家の存在で、その伝統に支えられたウイーンは他の国の首都や町々とは雰囲気はかなり異なる。重厚でありシックで特に中心部のリンク(輪になっている)と呼ばれ路面電車で円形に囲まれた地域が中心街。街を歩くお年寄りの多くはダークグリーンの服装でコートや帽子には鳥の羽根の飾りなど、オールドファッションがシックで目を奪われる。食べものもワインも美味く数日時間をかけて滞在したい都市。

リンクの中心部にそびえたつセント・シュテファン大聖堂。塔の高さは137㍍、ハプスブルグ家の歴代君主の墓所でもあり、ゴシック建築のこの寺院はウイーンのシンボルと言われ観光客も必ずと言っていいほど立ち寄り、荘厳な大聖堂の中で静かに自分と向き合っている光景をよく目にする。欧州の教会でよく目にするカタコンベ(地下墓地)には、かつて欧州で大流行したペストで亡くなった人たちも葬られている。ペストは人類の歴史の中で最も致死率が高く恐れられた伝染病。1347年から1353年の5年間に大流行した際には欧州全体で2~3千万の人が死亡した。リンクの目抜き通りにその根絶を祈念した大きな「ペストの塔」が建立され異彩を放っており、是非目にしてペストの猛威、終息に至る過程を知って欲しい。カミユの「ペスト」、シェークスピアの「ロミオとジュリエット」にも表わされている。その根治に北里柴三郎(阿蘇郡小国町)が大きく貢献していることは誇らしい。

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(左:シュテファン大聖堂、右:ペストの塔)

そして、ウイーンと言えば音楽の都。ベートーベン、シューベルト、ヨハンシュトラウス、ブラームス、モーツァルト、列記にいとまがない。市内を少し歩くとそれぞれの音楽家たちの所縁の場所が点在、気軽にその作品等の雰囲気にふれることが出来る。オペラ座は世界屈指の歌劇場で、国際的に活躍するトップアーティストが出演、演目が毎日変わる豪華さ。他にも、ウイーン・フィルハーモニーやウイーン少年合唱団も有名。5月25日にはウイーンでのユーロビジョンソングコンテストの模様がNHKで報じられた。1956(昭和31年)年に始まった各国を代表するアーティストが参加するコンテスト。今年はスウェーデンのモンス・セルメルローが優勝、会場は大変な盛り上がりだったようだ。

このように、近隣諸国、特に東欧各国との玄関口の感じのオーストリアだから、私も何度もこの国を訪れ、そしてここからの経由で東欧の国々を訪れたし、帰途もこの国に戻り欧州の各国に向かった、航空路、列車、バスでの移動も少なくなかった。女子のハンドボールではプロコップ監督が率いるヒポ銀行チームが強く、日本代表チーム、立石電機(現オムロン)とも何度も試合をした。やはりこの国の人はお洒落で、ゲームが終わり会食となると、プロコップ氏は洒落たスーツで見事なホスト役を演じた。私とも意気投合して何度か彼の自宅に呼ばれたが、自宅の雰囲気も優雅で食器等に至るまで洗練されたものだった。一度、京都で私はロシアとオーストリアの親善ゲームのマッチバイザーを務めたが、ロシアのラフプレーでプロコップ監督が激昂、大変な場面になった。ロシアの監督も旧知のトルーチン氏、激しく詰め寄り抗議する監督、気まずい雰囲気の中マッチバイザーとして二人の中に入ると、プロコップ監督は、大声で抗議しながら私の脇腹を突いてウインク。ほどなく、彼が収まりことなきを得たが、当時、世界一のロシアに対して日頃の鬱積したものがあった彼一流のパフォーマンスだったのだろう。

場所は異なるが、オムロンチームで中国・桂林を訪れた際に漓江下りを楽しんだ。奇山の中を縫うように流れる漓江、その船に20名位のグループがいて、こちらの若い女性のグループを『貴方達は何のグループですか』の質問。私が『日本の女子のハンドボールチームです』と答えますと。『私たちはオーストリアからの観光客ですが、私の国にもヒポ・バンクと言う強いチームがあります』と、私が『監督はプロコップ氏ですね』と言いますと、『彼をご存知ですかブンダバー(素晴らしい)』と。思いがけない所で旧友に出会えた旅でもあった。

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(漓江下り)

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